「街歩き」

初めまして!この春(2020年)から、プロビティコンサルティングのメンバーになった岩野です。どうぞよろしくお願いします。

今日は私の好きな街歩きの話を少し。知らない街、初めての街を歩くのが大好きなのですが、最近感じるのが東京の街が大きく変わってきているということ。本当はもう終わっているはずの東京オリンピック・パラリンピックに向けての整備なのだと思いますが、ターミナル駅だけでなく多くの駅が快適になってきていますね。

新宿駅では東西通路ができたり、東京駅では新しいレストラン街ができたり、さらに万年工事中だった横浜駅も完成!(東京じゃないですが)そして、多くの駅でホームドアの設置が進んでいます。まだ100%ではありませんが、とても安全になりました。何度か電車の先頭に乗って運転席から景色を眺めたことがありますが、朝のラッシュ時にホームドアがない駅に電車が突っ込んでいくのハラハラして見ていました。

こうやって少しづつ確実に街は変わっていきますね。

郊外の知らない街を歩くのはもっとワクワクします。この街はどんな人たちが住んでいるのだろう、どんな生活をしているのだろう。この街の歴史は?などど考えながら路地風と匂いを感じながらブラブラ歩く。商店街一つとっても街の特徴が表れます。置いてある商品、値段、きているお客さん、駅一つ違ってもその街に流れている空気感が違います。

仕事で出張する時も街歩きは欠かせません。特に初めての街に行く時には、少し荷物になりますがランニングシューズを持って、できるだけ走るようにしています。

札幌、函館、盛岡、仙台、尼崎、高知、岡山、名古屋、足利・・・。こうやって少し書き出していくだけでも街の記憶が蘇ります。海を見ながら、川を超えて、お城を目指して、時に道に迷って焦ったり、、、。空港から研修会場への往復だけでは見えてこない生活している人の息遣い。あー、また出張に行きたくなってきました。

このページを通して、これからも考えていること感じたことを伝えていきたいと思います。

よろしくお願いします。

薬膳料理を楽しむ

3月は川口です。

ここのところ厄介なコロナウィルスのせいで外出もままならず、家にこもりきりになってしまいました。もともと巣篭もりは大好きなのでこの機会に普段は手抜きばかりの家事にいそしんでいます。

この数年は、外へ出て仕事をすることが多く、料理は“作り置き”。休日に冷蔵庫にあるものを駆使してタッパーに数日分をこしらえる。これはこれでやりがいがありますが、久しぶりにできた時間で昔ハマっていた薬膳料理を楽しんでいます。

10年ほど前に薬膳料理教室に通いました。薬膳といえば、薬臭い料理を想像されるかもしれませんが、私が通った教室は、“おしゃれ”な薬膳教室でした。まず惹かれたのがネーミング。例えば「枯れない女の秋の薬膳」「美肌の薬膳」「薬膳的アンチ・エイジング」などなど・・。その中の料理の一つに「ユリ根まんじゅう菊花あん」というのがあって、これは味も見た目の美しさも手料理でできるものとしては絶品でした。去年の秋は忙しくて作れなかったなあ。秋はユリ根や梨、くるみなど呼吸器系を潤す食材を取ると肺にも良いそうですよ。もう春だけど、ウィルスのせいで、肺に良いものを取りたい気分。

3月の食養生ポイントは、補血。次第に体内での気血の動きが活発になるので血を補い体力をつけましょう、だそうです。菜の花、あさり、鶏肉、黒ごま、など。

4月の食養生ポイントは、肝。はまぐり、セロリ、トマト、昆布、などを食べることにより、情緒活動や血流、解毒をつかさどる“肝”の機能を安定させ春先特有のアレルギーや情緒不安定を軽減。

このように、各月の養生ポイントがあるのですが、覚えてられないですね。要は、旬のものを美味しくいただけば良いと思うのです。

ところで、免疫力を上げる食材は、大根、長芋、鶏肉、ヨーグルト、小松菜、納豆、にら、にんにく、などだそうです。食事以外にも適度な睡眠、運動、笑う!は、免疫力アップのために大事みたいですね。

ウイルスで大変なことになっていますが、なんとか風邪を引かないように乗り切りましょう。

ナイキの厚底シューズで走る。

今回は大里がお送りします。

年頭の箱根駅伝や先日の東京マラソンから今夏の東京オリンピックに至るまで、マラソンに関するニュースで必ず話題になっているナイキの厚底シューズ。
私もニュースを見たり記事を読んで知識として持ってはいましたが、所詮エキスパートにのみ許されたツールであって一般人の私には全く縁の無いものと思っておりました。
そう、ひと月ほど前までは。

実は昨年末に肘を故障した事を契機に4年程続けていたスポーツジムを辞めました。
2か月位で肘の故障はある程度回復しましたが、ジムに復帰するのもなんだか気が引けて、もたもたしていた頃にナイキの厚底シューズの話題が目に止まり、なんとなくナイキのサイトを閲覧するなど情報を集めた所、話題のトップモデルでなくても、そのDNAを引き継いだエントリーモデルが幾つもあり、使用者のレビューを見ると必ずしもプロランナーばかりが履いている訳ではない事を知りました。

ナイキの厚底シューズの大きな特徴はソールに埋め込まれたカーボンプレートの反発力を利用して走力をアシストする点です。
エントリーモデルにはカーボンプレートは入っていませんが、ソール自体に反発力を持たせて同様の機能を追及しています。
そしてこの厚底シューズがもたらす恩恵は速く走る事ばかりではありません。反発力を得る為の厚底のおかげで、路面からの衝撃を運動力に効率的に変換してくれるので結果的に脚を痛め難くくなり膝や足首に優しいのがもう一つの特徴です。
実際ナイキの厚底シューズの購入レビューには、故障ぎみの市民ランナーが再び走れるようになった等、スピード以外の面で選択している方もかなりおられます。

私も以前、毎朝ジョギングしていましたが、足首の故障が原因で止めてしまった経緯があったので、それらのレビューの内容に強く興味を持ち、気が付くとNikeのオンラインショップ(https://www.nike.com/jp/)で購入しておりました。

で、実際ナイキの厚底シューズで走った感想なのですが。
「走るのが、楽しいいー!!」
毎日5kmほど走っていますが、以前よりも楽に走り続けられています。
また、しばらくランニングから離れていたので知らなかったのですが、最近はランニングを計測するスマホ用のアプリがあり、これがまた非常に優秀でGPSと連携して、走行マップから、時速、平均速、高度やら細かいデータを記録してくれるので、走り終わった後の確認も楽しく、より上を目指しつつランニングを継続する動機にもなっています。
私が利用しているアプリ adidas RUNNING

ナイキの厚底シューズのおかげで、トップランナーが1Kmを3分切るペースで走るという、その数字のもの凄さをより実感出来るようになりました。
今の自分では下り1Kmを5分台で走るのが精一杯、、、フルマラソン?無理無理

余談ですが、オリンピックにおける厚底シューズの規制について。
プレートが何枚入ろうと、それが靴であれば走る力はあくまで人力に変わりがない。それでフルマラソンで2時間を切るのであれば、それは素晴らしい事だと思う。そこを否定するなら、極論裸足で走れって話しですよ。

トップランナーほどじゃなくても、誰もが以前よりも楽に速く走れるようになったと実感できるランニングシューズが登場したら。
普段ランニングをしていない人でも、「久しぶりにちょっと走ってみようかな」という気になると思う。
そういった観点からも、今回のナイキの厚底シューズはそれまでのランニングシューズからブレイクスルーしたと言える。

※追記:本記事について否定的なコメントを頂きましたが同時に会社への誹謗中傷も含まれていたため、コメントの承認はしておりません。本記事は大里個人がメディアを通じて知り得た範囲で執筆した情報であり、会社の業務とは一切の関係はありません。

インド旅行から見えてきたもの~悠久の時は何を教えてくれたのか~

本年最後は橋本が担当します。今月初めてインド旅行に出かけて、様々刺激を受けてきましたので、感じ取ったことを記してみました。

インドへは、大手旅行会社の、「ブッダガヤ・ヴァラナシ・アグラ祈りの聖地をめぐる旅8日間」という、仏教、ヒンズー教、イスラム教の著名な聖地を効率よく廻る少々マニアックなツアーに参加しての旅でした。今回記したいことはとても多く、行程ごとに記載すると、とても長くなってしまいますので、まずは、3つの宗教ごとに、主な訪問地を紹介させていただきます。

まず仏教関連ですが、ブッダガヤの「マハーボディー寺院(大菩提寺)」では、ブッダが瞑想の後、悟りを開いた場所といわれている有名な菩提樹もあり、高さ52メートルに及ぶ大塔は畏敬の念を感じさせる存在感でした。あいにく小雨交じりだったですが、仏教第一の聖地といわれるだけに、熱心な仏教徒の祈りを捧げる姿は、時を超えた力を感じ、日が落ちてからは、ライトアップもされ、幻想的な光景には、祈りの聖地の実感を更に味わうことができました。また、悟りを得たブッダが最初の説法を行なった場所、いわば仏教が始まった地ともいえる四大聖地のひとつサールナートは、想像以上に仏教寺院などの遺跡が残っていたことに驚かされました。幸い天候にも恵まれ、穏やかな日差しの中で遠い時への想像をめぐらしましたが、何よりも高さ約43メートルのダーメーク・ストゥーパのボリューム感には圧倒されました。

ダーメーク・ストゥーパ

次にヒンズー教に関しては、インド旅行のひとつのハイライトともいえる、ヒンズー三主神のうちの一人シヴァ神の霊魂が宿る町といわれているヴァナラシー(ベナレス)の、ガンガー(ガンジス河)を体感しました。早朝から小舟に乗って約1時間河を渡るなかで、あいにく曇った朝で日の出は見られなかったですが、すでに沐浴や洗濯をしているほど生活に密着している場所での光景に接し、独特の空気感が体に染み込みました。また、全国のヒンズー教徒が、そこでの火葬と遺灰を流してもらうことを望んでいるという火葬場では、早朝にもかかわらず火葬も始まっており、生と死が日常的につながっている俗と聖が重なる場所という実感を持ちました。さらには、夜の礼拝「アルティ・プージャ」という、火を使った華麗な儀式も荘厳でした。また、デリーでは、ラクシュミーナーラーヤンというヒンズーの寺院へ。歴史は浅いですが、ヒンズーの様々な神様が祀られたヒンズー様式による華麗な寺院で、現地の人々の信仰の場として地域に溶け込んでいる様子を実感できました。

早朝のガンガー

そしてイスラム関連では、まずはアグラにある著名なムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが愛妃ムムターズのために建てたタージ・マハールヘ。イスラム建築でも最高峰といっても過言ではない、白大理石による壮大で優美な霊廟は、流石に素晴らしいとしかいえない魅力ある建物でした。また、ムガール帝国の権力を象徴する巨大な要塞のアグラ城は、外観の武骨さに比して、広大な内部は、もともと宮殿だっただけあって贅沢な空間だったのは意外でした。また、デリーでは、クトゥープ・ミナールというヒンズー様式の残る寺院へ。広大な領域に多くの遺跡が残り、特に高さ72.5メートルにもおよぶ壮大な塔は結構な迫力でした。そして、ムガール帝国第2代皇帝のために建てられたフマユーン廟は、後のタージ・マハール構築をはじめとしたイスラム建築に多大な影響を与えたともいわれますが、ペルシャの影響も残した装飾もあり、なかなか見ごたえがありました。

クトゥープ・ミナール

今回は、もともと学生時代から、ビートルズが影響を受けた場所であり、またブッダの生誕の地でもあるインドには出かけたいと思っており、40年の思いを実現した小旅行でしたが、以下、感じたこと、思ったことを記してみます。

何といっても一番印象に残ったのは、街の持つエネルギーでした。崩れそうな商店や家屋がびっしりと並んだ道路には、自動車、バイク、オートサイクル、人力車、多くの人々、そして平然と牛が行き交い、その強烈な騒音や独特の匂いは五感を刺激し、とても言葉では表現しきれない、まるで異世界に紛れ込んで、内面から覚醒されるような、人間が生きる根源的な力を呼び覚まされた思いでした。

また、生活に染み込んでいる宗教の力の一端は感じ取りました。もちろん短期間に限られた地域だけを垣間見ただけですが、今回は聖地めぐりということもあり、寺院に集う人たちの敬虔な行いの様子や、TV番組にヒンズーの神様が結構出てくることなど、やはり日本とは宗教との距離感の違いを感じました。特に人口の80.5%を占めるヒンズー教が多神教であり、その受容力とダイナミズムが独特のエネルギーを醸し出す土壌となっている感じは、私なりに分かるような気がしました。(ちなみに、ブッダはヒンズー三主神の一人ビシュヌ神の化身のうちの一人に、後から加えられており、それは、仏教への感化を防ぐために行われたという説があることを、今回初めて知りました。)

そして、もちろんその他に、「ここはインドですから」と言って許される時間感覚、食事は本当にカレー風味がベース、空港では国内便でもパスポートが要る、ホテルや大型ショッピングセンターでは身体チェックを受けるなど、やはり日本の常識とは異なることは多く、日々刺激的でした。もちろん今回は全くその一部に触れたに過ぎませんが、人口も面積も日本とは一桁違い、多民族、多宗教、多言語、多文化な国家として、インドは一度行くと結構ハマる人が多いと聞いていたこともありますが、私もその仲間入りをしてしまった感はあります。

それにしても、あのガンガーでの悠久の時の感覚を味わってしまうと、“人生100年時代”といわれるようになったとはいえ、日本での日常は、与えられた本当に限られた時間の中で生きていくという、至極当たり前のことが痛感されました。そして、何よりも今回の一番の収穫は、世界はまだまだ知らないことばかりで、本当に時間を大切にして、謙虚にならなければいけないという、当たり前とも思われることの大切さ、さらには、健康で日々を送ることができて、仕事もできていることのありがたさを、改めてじっくりと考えさせられた機会だったということでした。

「選択」

今回は鈴木がお送りします。

人がする「選択」は、意識無意識合わせて、一日に9,000回と言われます。

朝起きる。この起きる時間、何時に起きるかも「選択」。
起きてから次に行うこと。
ルーティン化していても、無意識にそのルーティンに従うことを「選択」している。
靴下は左右どちらから履く?
着替えと朝食はどちらが先?
朝食は和食?洋食?…
そうやって朝から数多くの選択を、私たちはしています。

そして、自分が選んで決めたルーティンを崩すと、途端に不安になります。
「事故にあうんじゃないか」「上司から怒られるんじゃないか」「財布を落とすんじゃないか」など…。
そして良くないことが起きたら「朝、歯磨きとひげ剃りの順番を変えたからだ」などと考えてしまいます。

それは、自分がした選択が「いつもと異なるから」起きる感情。

人は、自分がした選択の結果がどうなるのかに、日常ではあまり意識が向いていないようにも感じますが、朝起きてからのちょっとした選択の違いで、一日憂鬱になる人もいるようです。

朝の無意識の選択が、一日を過ごす心に影響することだってあるわけです。選ぶということは、それだけ大切なこと。

にも関わらず、多くの人は選択するとき、特に仕事を選ぶとき、「自分の気持ちに従う」ことが上手くできません。
だからいつも迷います。「自分の選択したこの仕事に、これからも就いていてよいのだろうか」と。

全ての自分の選択に疑問をもってみてはどうでしょうか。
全ての選択を、思い切り自分本位で考えてみてはどうでしょうか。
ルーティンでやっていることですら。
世間や常識などは一旦全て脇に置いて。

見えてくることがあるのではないかと考えます。

一日9,000回もの選択を、自分のために。

初投稿です。薔薇の話。

初めまして!この春から事務のお手伝いをさせて頂いているしております川口と申します。
スタッフと呼んでいただいていいのかどうか?優秀なメンバーが執筆するスタッフブログに書かせていただいていいのかどうか?躊躇していましたが、趣味の話でも良いということで今回投稿させていただきます。

私は横浜の郊外に住んでいますが、ここに家を建てた15年ほど前に庭に1本のバラを植えました。ピエールドロンサールというつるバラです。フランスで1985年に作出されたバラです。今ではどのバラ園に行っても植えられていますが、バラの世界では意外と新しいバラですね。このピエールに一目惚れしたのが、私のバラ作りのきっかけです。30センチほどの新苗を植え、一つ咲いた花が素晴らしく美しかったのです。その株は5年も経つとこのようにバーゴラを覆うような大株に育ちました。

その1本から、数年後には庭に100株のバラを植えることになり、オープンガーデンまでやるようになりました。

上の写真は数年前の写真になりますが、私の花好きがわかっていただけるかと思います。
珍しい花を種から育てたり、ハンギングバスケットを作ったり、お友達を呼んでガーデンパーティーを開いたり。その頃は働いてなかったので、専業主婦も満開ですね。

ピエールドロンサールの次にはイングリッシュローズにのめり込み、そのバラの香りに悩殺されていきました。イングリッシュローズというのは、イギリスの育種家デビットオースティン作出のバラです。香りにも興味がわきアロマテラピーの勉強に没頭したこともありました。

私は庭のバラをとてもとても“愛して”いたのです。
なぜ過去形かというと、いえ今でも大好きなのですが、テッポウムシに庭のバラを枯らされていったのです。どうしてもカミキリ虫の幼虫であるテッポウムシが駆除できなくて、枯らされるたびに心に大きな傷を負っていきました。大げさではなく・・。
もう駆除するのは諦め、今はなすがままです。(ほったらかしとも言います。)まだ少しは庭にバラは残っていますが、ほぼ全部の株が被害にあっているので枯れずとも樹勢が弱くなり悲しい庭になっています。
愛していればいるほど、壊されると深く傷つくものですね。今は「傷つくならば愛さない」心境でしょうか?できないけれど。
初投稿なのに、なんだか最後は変な暗さを醸し出してしまいましたが、次回は明るい投稿にしたいです。(またお花の話かもしれませんが悪しからず)

男女間のコミュニケーションについて考える~男女の脳の違いに起因する、は本当か?

 今回は橋本が担当いたします。
 職場や家庭など、人と人との間に生じる問題の70%は、コミュニケーションに原因があるといわれておりますが、実はこの割合は、どんなにSNSなどのコミュニケーションツールが発達してもあまり変わっていないようです。
特に男女間の会話については、ビジネス上のみならず、日常生活であっても、
 ・女はどうして、こんなことに、そんなに感情的になるのだろう?
 ・男って、何でこんなに鈍感で、こんなことにも気づかないの?
といった、思わず「え?」と感じてしまった経験は、少なからずあるのではないでしょうか?
今回は、私が関心を持っているテーマの1つとして、「男女間のコミュニケーションのスレ違いを招いてしまう根底にあるのは、男女の脳の違いに起因する」という説について、なかなか興味深いことが分かってきましたので、そのことについて述べてみます。

 男性脳・女性脳という言葉が広く知られるようになったのは、世界的なベストセラーとなった『話を聞かない男、地図が読めない女~男脳・女脳が「謎」を解く』(アラン・ピーズ&バーバラ・ピーズ著、主婦の友社、2000年日本発売)といってよいと思いますが、同書では、「男性は言語能力が劣っているため、人の話が聞けない」「女性は空間能力が劣っているため、地図が読めない」ことをはじめ、男性脳と女性脳の違いからくるそれぞれの特徴について指摘しております。(ちなみに、近年の研究では、方角や距離を記した地図が与えられた場合は、男性が正確に場所にたどり着くが、特徴的な建物や樹木など、具体的な目印や左右を使った指示を出した場合は、正確さは逆転し女性が上回るとのことです。これほど、この分野の研究成果は変わっているということですね。)

 また、最近では、2018年10月発刊された『妻のトリセツ』(人工知能研究者・感性アナリスト・黒川伊保子著、講談社+α文庫)が結構話題となりました。同書は刺激的なタイトルながら、特に夫婦間での会話や感情のすれ違いは、男女の脳の反応の違いに起因し、その違いを知ることが、円満のヒントとなるということを記しております。
 しかし、本書には科学者から否定的な意見も数多く出されました。その代表的な見解としては、「データの科学的根拠が薄く、脳科学の最新の研究成果を反映していない。男性の脳、女性の脳の平均値を集団として比較した差があっても、そのことで、男性の脳、女性の脳についての一般化はできない。脳には個体差が大きく、環境や教育などの様々な要因からの影響を受けるので、単純な因果関係で説明はできない。」(認知神経科学が専門の四本裕子東京大学・准教授、ナショナルジオグラフィックWeb記事より)があります。

 脳の性差は、OECD(経済協力開発機構)が2009年に公表した報告書で、科学的根拠が薄い「神経神話」として警告しているうちの一つであるといいます。このように、例えばUFOや超能力のように、研究する対象の存在が怪しいか否かではなく、科学的に信頼のおける方法によって検証することのない(あるいはデータとして乏しい)ことを根拠にして主張をする、手法に問題がある論説は、「疑似科学」として、流布根拠することには危険性があります。代表的な例としては血液型による性格学があり、これによるレッテル張りや相性の推定などは、確かに避けなければいけないものです。

 それでは、「科学的な根拠が薄い」からといって、男女の脳の違いからくる傾向については、学ぶには値しないと切り捨ててしまうべきなのでしょうか?その問いについては、私は必ずしもそうではないと考えております。というのは、私は、先ほど紹介した黒川氏監修のセミナー「ダイバーシティ・コミュニケーション講座」を受講したことがありますが、結構新鮮な気づきがありました。
 この講座は、「男女が同様の教育を受けている現代社会では、意識して行う思考や行動に男女差はあまりありませんが、実際のコミュニケーション上で、思いがけない食い違いが生じてしまうのは、男女脳の感性領域のから生じる、無意識の、とっさの快・不快」が異なることが原因と考えると、説明がつくことが多い」として、「良かれと思っていることが裏目に出るケースがあり、互いに悪意がないために、かえって根が深いとも言え、単に感情面での問題にとどまらずに、ダイバーシティ推進の大きな妨げとなってしまう可能性にもつながります。」という考えのもと違いに、組み立てられております。
 ・目的の分からない話でストレスを感じる男性脳、共感してもらえないとストレスを感じる女性脳。
 ・大きな空間や複雑な気候を素早く把握する男性脳、興味の対象や僅かな変化も見逃さない女性脳。
 ・端的に言うと、ゴール指向問題解決型男性脳、プロセス指向共感型女性脳。
ということなど、かなり、男性・女性の行動傾向を知るヒントになると思われます。

 そこで、男女の脳の違いについての、黒川氏の考え方を紹介いたします。
 「男女の脳は、解剖学的には違いがあるとは言えません。男性にしかない器官や、女性にしかない器官があるわけじゃない。大きさのバランスが違う程度。ここにエビデンスを求めてしまうと、常に『そうとは言い切れない』という疑問にさらされます。しかし一方で、〝脳のとっさの使い方〟には、男女それぞれに類型があることがわかってきています。このとっさの使い方の違いが、現実世界の男女のミゾを作っているので気をつけよう、というのが、基本にある考え方です。」
 ここで述べているのは、静的にはほとんど違いがないということは科学的に認められるが、動きを伴った無意識な反応の傾向について類型がある(違いがある)ことも、(必ずしも科学的な検証はできないかもしれませんが)現実的には知っておくことが役に立ちますよ、ということで、その捉え方は、私も支持しております。
 このように、ある事象が科学的な手法で説明がつくかどうかということと、必ずしもそうとはいえないことも認めることは別の問題ですので、こうしたことにも、自分のこととして、自分の頭で考えることが必要ということを、強く思っております。
 なお、今回は男女の行動の違いを、男女脳の観点から取り上げてみましたが、社会的な環境や文化の違いから、無意識に影響を受けているという「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」や、性別としての男女とは別の、心理的・精神的な「男性性と女性性」という切り口から捉えることも、とても示唆が多いですので、これに関しては別途調べてみようと思っております。


今月の1枚
GWに出かけた葉山の海岸で、偶然晴れた落日を見ることができました。
左側に富士山、右側に落日、そして中央に海上の鳥居があり、
結果として、なかなか絶妙なバランスになったと思います。(5月撮影)

お城のエレベーターと転売の話し

少し間が空いてしまいましたが、スタッフブログ6月分を大里が担当させていただきます。

最近のニュースの中から個人的に気になった話ですが、先ず安部総理のG20サミット夕食会での大阪城エレベータ発言について。

「明治維新の混乱で大阪城の大半は焼失したが、天守閣は今から約90年前に16世紀のものが忠実に復元されました」
「しかし一つだけ、大きなミスを犯してしまいました。エレベーターまで付けてしまいました」

私は特に安部指示派ではありませんが、今回の問題に限っては安倍総理の考え寄りです。
個人的にお城は好きなのであちこち行きましたが、直接見た中で一番好きな松本城は、ほぼ創建当時の状態であり、古木の味わいに直接触れたり、天守閣の急こう配の階段を昇る事で当時の雰囲気を実感する事ができました。
逆にコンクリづくりの名古屋城にはがっかりした思い出があります。(その名古屋城もエレベーター問題が発生してますね)

再建予定の名古屋城も含めて問題になっているのは、障害者や高齢者の為にお城もバリアフリー化しろ(又は否定するな)という事ですね。
すみません、私は、ここにどうしても違和感を感じてしまうのです。

公共交通機関、官公庁、医療関係、百貨店、レジャー施設等、生活に密着している場所や一般的な観光施設でのバリアフリー化は必要と思います。
お城も観光施設と見られなくはないですが、それよりも歴史的文化財という大きな側面があります。
失われたお城を文化財として再構築するならば、耐震や防火等の最低限の設備追加はあっても基本は当時のまま再現するべきだと思います。

社会の動きとしてバリアフリー化が正義みたいになっていますが、時と場所によっては、体調や年齢を鑑みて諦めさせる判断も必要ではないでしょうか?
全ての人が差別なく同じ条件や場所に立てるというのは理想ではありますが、性別や体力など避けられない個人差は必ずあります。
過剰な設備投資で克服する道ばかりではなく、お互いに納得できる回避案を示す事も大事だと思います。

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某小説家さんが新刊を発行されて、その記念に東京のいくつかの書店でサイン本を用意されました。
その際Twitterにて、「サイン本の転売を防止する方法を検討している」とつぶやいた所、その小説家のファンの一部によって炎上する事態となりました。
この作家さんとしては、自分のファンに対してサイン本を提供したい思いでのつぶやきだったのですが、炎上させた側のファンの言い分としては、

「転売屋のおかげで、入手手段のない地方のファンにも購入するチャンスが生まれる。」
「東京だけでサイン本を出すな、出すなら全国で出せ、不平等だ」
というのが多くの意見でした。

この小説家さんはすぐにTwitterにてご自身の思いをより詳細に伝えて早期にこの問題を収束させたのは幸いでしたが、東京の書店だけでサイン本を出したのは、恐らく出版社側の意向であると思いますし、直接作家さんを攻撃するのは筋違いと思うのです。
まあそれは置いておいて、ここでの問題は転売の是非にあります。

そもそも転売は法的にグレーゾーンであり、チケット等一部では迷惑防止条例にあたります。
販売元の承認なく本来の価格に自分の裁量で価格を上乗せして販売するので、商品の提供側からは悪と見られるのは自然な事だと思います。
一方で、入手出来ない場所にいる人や入手機会を逃した人にとっては、貴重な入手経路かもしれません。

ただ、ここでも思うのですが、先ほどの話題と同様、諦める事も必要だと思うのです。
私も地方出身ですが、イベントや特別販売など、いつも東京ばっかりという気持ちを私も持った事がありますが、同時に仕方ないかと割り切ってもいました。

しかし、今はネットがありSNSの時代です。
情報が瞬時に全国で共有でき、作家に直接意見を言える機会もある時代です。
その為、ささいな事で不平等を訴えたり、偏向した意見で攻撃する輩が激増し、時にマスコミまで便乗するケースも見受けられます。
これらの対応はネット以前と比較するととても幼稚な反応に思えるのです。

話を転売に戻しますが、この諦めるをどうもネガティブに捉える節があるのですが、そうではなく、これは所謂大人の対応と認識して欲しいのです。
転売について肯定する人は(一部やむにやまれぬ事情の方もいるとは思いますが)「欲しい!欲しい!」「行きたい!行きたい!」と駄々をこねる子供に見えてしまいます。
まあネットの場合実際未成年ユーザーも多いでしょうから、本当に子供の意見という可能性はありますが、、、

ネット社会が影響を与えている事案が確実に増えていく中で、本質を見定める目を持つ事がとても大切であり、また難しい事でもありますね。

課題解決の決定版!?

今回は、鈴木がお送りします。
多くの企業では、解決すべき課題を特定した後、十中八九「原因究明」をされています。
当然、それはとても大切なことです。
その原因究明において「いつも引っかかるなあ」ということ、ありませんか?

それ、「人」が関わる課題ではありませんか?

実は、原因究明が確実に進むのは、業務フローや工程が明確になっていて、
すべての仕事において遂行すべきことが決まっていること、に絞られるのです

…カンの良い方はお分かりかと思います。
そうです、「人」が関わると、課題は途端に混迷を極めます。
原因の特定がいつしか「悪者探し」「他社批判」になるのです。

そうなれば、課題解決どころの話ではありません。
一気に社内の関連する部署や社員同士の関係性が悪化し、ひいては業績の悪化にも
つながります。大きな影響を及ぼすのです。

ではどうすれば良いのか?
「人」が関わる課題は、どのように解決すれば良いのか?

そこで登場するのが「ソリューションフォーカスアプローチ」です。

起きていることを認識しつつ、課題への原因究明は一切せずに、
「どういう姿があるべきなのか」だけに特化して考えるのです。
原因には一切触れずに、解決策にのみ力を注いで考えるのです。

如何でしょうか?
課題の内容を俯瞰し、フローやルールの改善で解決する以外の「人」が絡むことには、ソリューションフォーカスアプローチを取ってみてください。
解決すると同時に、原因であろうことの解消ができていることもあります。

時間は有限であり、どこに意識を向けるべきか。それは経営を遂行する上で
とても大切なことと考えます。

櫻井信夫写真教室作品展「視点ⅩⅨ」のご案内

今回は1年ぶりになりますが、橋本から写真展の紹介をさせていただきます。
私が趣味で参加している写真家櫻井信夫氏の写真教室では、毎年1回、撮りためた写真の中から、テーマを決めて5枚の組み写真の形で展示をしており、以下案内となります。

本年のテーマ:瀬戸内アートの島への誘い

今回の写真展では、昨年、久々の陽光まぶしい夏に、家族で瀬戸内のアートの島、直島と豊島(てしま)に出かけたときの写真から選びました。

美麗な瀬戸内海に抱かれた大小の島々と、点在する現代アート作品が織りなす光景に接し、時に豊かな自然から、時にアーティストの想いから、様々な贈り物をいただきました。
旅に求める非日常の世界は、現実からの解放や未知なるものと出会う魅力がありますが、今回自然の中のアートに触れることで、その両者が相まって、優美とも不調和ともいえるイマジネーションを掻き立ててくれました。
そして、あと何回家族旅行に行くことができるのだろうか、とも思いました。

アートの島の醸し出す空気感を、少しでもお伝えできましたら幸いです。

【今月の2枚】

ようこそ


硝子越し、ねえ

なお、当日は、同会場に併設で、写真家櫻井信夫の写真展も開催されます。
こちらはプロの写真ですので、見応えがあります。

【写真展概要】
日 時 : 2019年4月5日(金)~7日(日)
午前10時~午後6時まで(最終日午後4時まで)
場 所 :三鷹市芸術文化センター
三鷹市上連雀6-12-14
交 通 :JR三鷹駅南口 小田急バス②番乗り場で乗車
3つ目「八幡前・芸術文化センター」下車 バス停前
会場URL:http://mitaka-sportsandculture.or.jp/geibun/access/